東京大学 一杉研究室 (固体化学研究室)

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研究内容

研究の長期的目標

最大の目標は、新物質開発、そして新機能開発である。具体的には、超伝導体、磁性体、光機能材料、イオン伝導体、誘電体などにおいて、固体化学、および固体物理を土台として、その性能について卓越した特徴を有する新物質や界面の実現を目指す。
研究の軸となる考え方が、アトムエンジニアリングである。新物質・新機能開発にあたり、原子レベルで精密に物質構造制御を行うことを常に念頭に置く。さらに、オングストローム空間分解能で電子状態評価をしていく。そして、ミクロとマクロの物性を結ぶ物質設計指針を得て、機能性物質の学理構築を通じて材料科学の新研究領域を切り拓く。

 

研究のポリシー

上記目標達成のための戦略として、

  1. 原子レベルで制御する物質合成。特に薄膜、ヘテロ構造、低次元構造(分子、クラスター、一次元構造)、界面、および表面に着目する。
  2. 世界最先端の物性評価技術を武器として、物質本来の姿を観る。
  3. その結果を、物質設計にフィードバックし、新物質合成を行う。

というサイクルに重点を置く(図参照)

新物質・新構造合成と最先端物性評価技術開発の両面に力を注いでいる。
実験装置に関しては、汎用装置を揃えるのではなく、世界で我々しかできない実験ができるよう、装置開発を常に行っている
このように、実験システムと物質合成技術をコア競争力とし、材料科学の新分野の開拓を行う。

 

研究分野

酸化物薄膜やヘテロ構造をエレクトロニクスやスピントロニクス、エネルギー分野への応用を目指す研究は、将来性が非常に大きい研究分野である。酸化物薄膜自身や界面、表面における新物性が今でも多数見つかっており、興味深い研究が展開されている。そして、ナノスケールの酸化物の物性開拓は、今はじまったばかりと言って良い。そこにアトムエンジニアリングの概念を導入して切り込む。
さらに、グラフェン等カーボン材料、および、窒化物、水素化物にもアトムエンジニアリングを展開していき、電子物性、磁性、イオン伝導等の研究を強力に推し進める。
以上、大きな方向性としてはグリーンマテリアルの開発となる。

 

具体的な研究項目

A. 機能性薄膜/界面/表面の電子状態評価と新物質開拓 [新規デバイス開発]

  • 現在、機能性酸化物(電気伝導体、磁性体、強誘電体、透明導電体、強相関物質、超伝導体等)の物性研究を進めており、それを発展させる。特に、清浄な酸化物薄膜について局所電子状態を議論することができるのは、現在、世界で我々のみである。その優位性を最大限活かし、新物質・新物性開拓を行う。酸化物エレクトロニクス研究について、ユニットセルレベルの研究から真の原子レベル研究へのパラダイムシフトを目指す。原子レベルで制御しつつ薄膜物質合成を行い、強相関電子系、磁性体、誘電体、熱電変換材料等の新物質開発を行う。最終目標は室温超伝導体である。
  • グラフェンや磁性分子、クラスター (電子状態、超伝導、磁性等)、あるいは、非磁性物質同士の界面における強磁性等、低次元ナノ物質の物性研究を精力的に行う。
  • 磁性研究にさらに注力していく予定である。現在、スピン偏極STMの開発を進めており、金属材料、酸化物材料のナノ領域の磁性制御等、ますます重要になるナノスピントロニクス分野を切り拓く。そして、光電子分光の強みとSTMの強みを組み合わせて波数と実空間の両面から電子物性に迫る。また、電子輸送特性評価からも電子状態・磁性を探る。

A. 機能性薄膜/界面/表面の電子状態評価と新物質開拓 [新規デバイス開発]

B. イオン伝導材料に関する研究 [エネルギー分野]

  • Liイオン電池は、電気自動車や太陽電池社会の実現において、非常に重要な技術である。しかし、技術的な課題は多く、電池容量の向上、急速充電の実現が不可欠である。本研究では現行の10倍程度の容量を有するLiイオン電池を狙う
  • 実用化されている電池材料の物性については未解明な点が多い。そこで、イオン伝導物質を原子レベルで制御して合成し、異方性制御、そしてヘテロ構造による粒界制御を通じて、イオン伝導特性を明らかにする。そして電池動作を原子レベルで解き明かし、電気化学アトムエンジニアリング分野を切り拓いて新物質開発を行う

 

これまでの研究紹介

"Atomic-scale visualization of initial growth of homoepitaxial SrTiO3 thin film on an atomically ordered substrate"
Ryota Shimizu, Katsuya Iwaya, Takeo Ohsawa, Susumu Shiraki, Tetsuya Hasegawa, Tomihiro Hashizume, Taro Hitosugi
ACS Nano, ACS Nano 5, 7967 (2011).
原子レベルで酸化物薄膜のエピタキシャル成長を追った初めての報告。
機能性酸化物やそれらの界面における物性に注目が集まっている。ヘテロ構造を活用すると新たな物性が発現することや、超伝導転移温度が向上するなど、様々な現象が報告されている。
さらに新規物性を探索する、あるいは高品質な薄膜/界面を作製するためには、原子スケールで酸化物薄膜成長過程を明らかにすることが必要である。我々はそれを可能とする実験装置を開発し、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)において実験を行った。その結果、基板最表面の原子が浮かび上がって、アイランド上に析出し、基板・薄膜界面において原子配列がきれいになることを明らかにした。
さらに、原子が周期的に並んだ基板表面を作る手法も報告した。今後、高品質薄膜作りにつながり、酸化物エレクトロニクスのパラダイムシフトが期待できる。
“Fabrication of highly conductive Ti1-xNbxO2 polycrystalline films on glass substrates via crystallization of amorphous phase grown by pulsed laser deposition”
T. Hitosugi, A. Ueda, S. Nakao, N. Yamada, Y. Furubayashi, Y. Hirose, T. Shimada, and T. Hasegawa
Appl. Phys. Lett. 90, 212106 (2007).
ガラス上に二酸化チタン透明導電膜を形成することに成功した。これにより、企業の関心が急速に高まり、大きなブレークスルーとなった。
2005年にエピタキシャル薄膜で透明伝導性が発現することを示したが、実用化するためにはガラス上の多結晶薄膜で透明導電性を実現することが必須である。しかし、d電子が電気伝導を担う系では透明伝導性を示す物質はそれまで存在せず、大きなチャレンジであった。
我々はアモルファスをまず堆積し、その後アニールすることによって、ガラス上でも透明導電性を実現するプロセスを確立した。従来の透明導電体はs電子を伝導電子としたものであり、我々の成功により、d電子系透明導電体という材料カテゴリーを創出することに成功した。
この物質は地球上に豊富である上に無害であり、元素戦略の考え方に合致しており、ITO代替材料として多くの研究者が実用化研究に取り組んでいる。
“A transparent metal: Nb-doped anatase TiO2
Y. Furubayashi, T. Hitosugi, Y. Yamamoto, K. Inaba, G. Kinoda, Y. Hirose, T. Shimada, and T. Hasegawa
Appl. Phys. Lett. 86, 252101 (2005).
二酸化チタン透明導電体に関する最初の報告。アナターゼ型二酸化チタンエピタキシャル薄膜にニオブを極微量ドーピングすると、金属化することを見いだした。
薄膜はパルスレーザーデポジション法により作製した。それまで、ルチル型の二酸化チタンにニオブをドープすると抵抗が下がることが知られていたが、アナターゼ型では、低温で抵抗率が下がり、金属状態になっていることを示した。ルチル型では金属化せず、ニオブドープしても半導体的であるのとは対照的であり、抵抗率も10−4 Wcm台と極めて低くなる。 ここで驚くことは、この高い電気伝導性を示しつつ、可視光で透明性を示すという点である。エピタキシャル薄膜ではあるが、アナターゼ二酸化チタンが透明導電性を示すことを証明した。
”Direct observation of one-dimensional Ga-atom migration on Si(100)-2×1-H surface: a local probe of adsorption energy variation”
T. Hitosugi, Y. Suwa, S. Matsuura, S. Heike, T. Onogi, S. Watanabe, T. Hasegawa, K. Kitazawa and T. Hashizume
Phys. Rev. Lett. 83, 4116-4119 (1999).
シリコン水素終端表面上において、ガリウム原子の吸着ポテンシャルエネルギーの可視化を行った。その結果、清浄に見えるシリコン表面でも、拡散している原子が感じるポテンシャルは場所によって大きく異なることが明らかになった。
具体的には、シリコン表面上にガリウム原子を極微量蒸着し、一次元ポテンシャルに閉じ込められたガリウム原子の挙動をSTMによって調べた。拡散過程でガリウム原子が滞在する確率が高いサイトと低いサイトでは、STMで観察される高さが異なることを見いだした。これを定量的に解析し、ガリウム原子が感じるポテンシャルエネルギーのマッピングを行った。
本研究は、シリコンへのドーパントや欠陥が原子拡散に与える影響を可視化したという点で独創的である。
”Jahn-Teller distortion in dangling-bond linear-chains fabricated on a hydrogen-terminated Si(100)-2×1 surface”
T. Hitosugi, S. Heike, T. Onogi, T. Hashizume, S. Watanabe, Z. -Q. Li, K. Ohno, Y. Kawazoe, T. Hasegawa, and K. Kitazawa
Phys. Rev. Lett. 82, 4034-4037 (1999).
  シリコン表面にSTMを用いて、一原子の幅の人工原子構造を作製した。それまでの原子操作に関する世界の研究は、原子を動かして任意の形に並べ、”形“を作ることに主眼が置かれていた。そこで、我々は、一次元鎖の長さが異なる様々の構造を作り出し、孤立した原子の列ではなく、原子間の相互作用により新たな電子状態を産み出すことを試みた。
  それら構造の電子状態を詳細に検討した結果、長さを2原子、3原子、4原子と変えていくと、その電子状態に顕著な差が現れることを見いだした。この結果はナノスケールの構造が、原子間が相互作用して、あたかも擬分子のように振る舞うことを示した点で意義深い。
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